この店はとんかつ屋ではなく、かつ丼屋を名乗る店である。しかし僕はこの店で「かつ丼」を食べたことがない。

かつ、ご飯、漬物、キャベツ、各々が絶品である。要は一品一品を味わって食べたいのだ。
たとえば、とんかつを一切れチョンと塩を付けて食う。脂の甘味が増す。口の中で溶けた脂とパン粉が吸っている油が口の中を纏う、そこへ一粒一粒がしっかりと立ち上がり程好い粘りで絡んでいる飯を頬ばると、口の中の脂油が飯の絡みを解いてくれる同時に飯粒が脂を絡みとってくれる。一切れ二切れ「とんかつ」と「ご飯」でこのルーティンを楽しむ。ここで漬物の役割が見えてくる。この季節は白菜漬けなのだろう。意図的かどうかはわからないが白菜を強く絞らず水気を若干残してあるように思える。白菜のシャリシャリ感から出てくる爽快さと薄く残る漬物汁の塩気が脂油の粘りを取っ払ってくれる。

脂好きにはたまらない。肉質と脂質が重なるように脂が肉に切り込んでいる。普通のロースではこういう部位は見られない。
ちょっと恥ずかしいけど初めて行く「とんかつ屋」では「脂が旨いとんかつはどれですか」とメニューを見て尋ねることがあるが、そうすると十中八九丁寧に答えてもらえる。
運ばれてくる膳には塩(ピンク)、山椒?(緑)、タレ、が添えられているが、いまだ塩止まりである。最初に食べる時に食べ方の説明を受けたのだが忘れてしまった。最初に塩で食って以来塩の虜である。だから緑の物体が山椒なのか山葵なのか気にもなっていないし、タレを試すまでに至っていない。それほど豚が旨いということなのだろう。そのうえ飯も旨い。飯が旨いから塩でいいのだ。
僕は最後にキャベツを食うのだ。ドレッシングがちょっと濃いめであるがキャベツはいい。妙に水にさらした感じがせず、新鮮な感じが損なわれていない冷やし加減がよい。
ここしばらくはここに通うことになるだろう。緑にもたどり着いていないし、ましてや本丸の「かつ丼」は遥か彼方である。来週の日曜日も11時半の開店に暖簾をくぐる。
